2017/11

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卒業式がありました。
会議室でやるのに割りとしっかり紅白幕もあったり、式次もしっかりした板とかにあって、けっこう盛り上がりました(自分的に)
初めて学長を見ました笑

谷川先生と相馬先生が来てくださっていて
さらに今は学部長の中国語科小林先生もいて
総代(けっきょくドイツ語じゃなくて学部生の代表でした。なぜ)になってたので代表として先生方にも一礼をした時に
本当に心から深々と頭を下げました。
お世話になりました。
(明日ゼミ合宿だけど笑

さすがに外大に行くのが最後ということで5年半の間通学中によく聞いていた曲を並べて振り返ってみたいと思います。

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Book of Shadows: Blair Witch 2 (2000 Film)
Book of Shadows: Blair Witch 2 (2000 Film)
Original Soundtrack

まずは入学前、初めて外大に(確か過去問をもらいに)行ったとき
やたら遠かったので未だに覚えているけれども、こんなん聞いてたんだね私。マンソン好きだった高校時代を明らかにひきずってます笑


The Bends
The Bends
Radiohead

そして入学後、しばらくなぜか武蔵野線周りで朝は通ってた気がする。
でまたこの武蔵野線の風景がfake plastic treeあたりとかなりマッチしてた。
いまだに思い出します。

(What¥'s The Story) Morning Glory?
(What¥'s The Story) Morning Glory?
Oasis
GOLDEN YEARS Singles 1996-2001
GOLDEN YEARS Singles 1996-2001
THE YELLOW MONKEY, 吉井和哉

んでそのうちなぜかおえいしすとイエモン。
夏に毎日のように家庭教師に行くとき(片道1時間だったりする)はもうずっと聞いてた。
イエモンのカナリヤに
「19にもなったのに 悲しみが欲しいのは なぜ」っていう歌詞があるけれどもちょうど19歳でした。今でも歌詞の意味はわからないけど。


The Spirit Room
The Spirit Room
Michelle Branch
友達にMDでもらったミシェルブランチ。二年生が始まる春休みによく聞いてた。特にyou get me。お花見とか思い出す感じ。桜とか。


ザ・エミネム・ショウ  スペシャルエディション
ザ・エミネム・ショウ スペシャルエディション
エミネム
The Marshall Mathers LP
The Marshall Mathers LP
Eminem

エミネム期間は相当長かった気がする。たしか2年の初めからワールドカップのボランティアを経て7月くらいまで。3ヶ月毎日エミネムw
エミネムショウとマーシャルとっかえひっかえ。飽きなかったというよりはディスク変えるのがめんどくさかった。その流れでDIDOも聞いてた。


Boys&Girls
Boys&Girls
浜崎あゆみ, NAOKI ATSUMI, D・A・I, 鈴木直人, DJ-TURBO from GTS, TODD OKAWA, HAL, Dave Ford, Yasuhiro Myochin

4. LOVE~Destiny(TODD’S LOVERS CONVERSION)
バイトばっかりしてた夏くらいに聞いてた。あゆは本当に好かないですがこれはよい。失恋にいいぞゆき!(私信)


Childisc Vol.1
Childisc Vol.1
V.A.
Further Down The Spiral
Further Down The Spiral
Nine Inch Nails

さてこれは通学というよりも、2年の文化祭(11月)に語劇をやった時に音響担当だった私が使ってた曲たち。グリム童話の湯的解釈。
にしても音響班はやる気はないけど何気に仕事は早かったよね。
further〜のトラック3はケンカのシーンで、
トラック11は死後の世界のシーンで、
childiscのトラック11は最後の平和な世界の子供登場のシーンで使いました。語劇が懐かしい方はどうぞどうぞ。

1997-2000
1997-2000
BLANKEY JET CITY, 浅井健一
さすがにエミネムは飽きたらしく笑、また邦楽へ。
なんでブランキーなのかは多少なぞではあるけど
確かこの時期ものすごく鬱でした。そしてホームページを始めた時期でもあり。

シングルズ
シングルズ
フリッパーズ・ギター
そして1人暮らし開始。マーチのCMで流れてた恋とマシンガンが気に入って買いに行った記憶がある。マーチはいつもいい音楽使うよね。

1人暮らし始めてからはそんなに音楽は聴かなくなった気がする。
通学はチャリか電車一駅だったし。
そして留学時代。

黒船
黒船
BUDDHA BRAND
Junk Collector
Junk Collector
Tommy Guerrero

かなり留学初期。寮の下の部屋からものすごい音が漏れるので対抗すべく友達から入手した人間発電所笑そして寝る前はトミーゲレロ。

Carnival
Carnival
SOFFet, YoYo, GooF, Naoto the Bomb, Liquid Funk
Dilemma
Dilemma
Nelly & Kelly Rowlan

それからはこのブログでもよく書いてたsoffetとかdaboとかさらには普通のR&Bとかレゲとか今までノータッチだったものなんでもござれの一年間。
あえて言うならゆきが踊ってたジレンマ笑また私信だ。

Hotel Costes: Best of Costes
Hotel Costes: Best of Costes
Various Artists
そして家ではいつもHotel costesの5と7とベストがいい音でかかってた。

Qi Li Xiang a.k.a. Common Jasmine Orange (香港盤)
Qi Li Xiang a.k.a. Common Jasmine Orange (香港盤)
ジェイ・チョウ / Jay Jie Lun Chou

そして日本に帰ってからまた通学が始まる。
しばらくは中国が懐かしくて周傑倫(主に七里香)とか孫燕姿(主に偶見)とか呉克群(主に呉克群、間違いではなく自分の名前が曲の名前)、あと
ドラマ流星花園の挿入曲の情非得己を聞いてた。
アマゾンにはジェイしかいなくて残念。
学校の単位も不安だし早く上海に帰りたいって毎日思ってました。

From Distance
From Distance
RYO the SKYWALKER feat.PUSHIM, 山口良, PUSHIM
実家期間ていうか吉祥寺期間はまたごちゃごちゃ聞くように。
これは通学の思い出って言うよりは二年くらいのときに初めて聞いてからずっと好きな曲で未だによく聞くから
そんなに思い出はないですが笑

Verve Remixed, Vol. 2
Verve Remixed, Vol. 2
Various Artists
あとはこういうのも図書館の友でした。
リズムがちょうど勉強によかったんだと思われる笑
テスト前とか腱鞘炎になりそうでした。

サマージャム’95
サマージャム’95
スチャダラパー
今年の夏はやたらこれを聞いてたな。
我ながら最もよくがんばった半年であることは間違いない。

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ざっと振り返るつもりがけっこう時間がかかってしまった。
ちなみにこの流れで行くと最近はHooverphonicのwhen you knowをよく聞きます。中国のchivasのCMでよく流れてるやつ。

さてもう卒業したけどゼミ合宿の卒論発表がんばるよ笑

ご報告が遅れました。
どうやら卒業できているらしいです。
そして総代です。
だって1人しかいないんでしょ?ドイツ語専攻。
というわけで今週木曜から一週間くらい日本に帰って卒業式に出ます。
あとゼミ合宿やらビザやらもとらなきゃいけないので。

とにかく卒業できてよかったー。

現在提出日(2日目)の朝8時。
最後まで図版とかいろいろ付けたりして手直しする時間もありました。
そして途中かなりやっつけだったので今あれだけ片身離さず読んでいた文献はもう目にしたくありません。
どんな新事実が出てきて「書けばよかった!」と思ってみてももう完成したから書き足したくないからです。

家に帰るまでが遠足、
と同様に提出までが卒論、なので
まだ安心できません。
印刷とか製本とかまだありますので。

なのでここで力尽きて寝てしまう事態を防ぐためにも、
今一度振り返ってみようと思います。
卒論までのあれやこれやを。

1.テーマ設定

どのゼミに所属するかでテーマが大体きまるのが普通、らしいのですが、
3年生の時点で三つのゼミに顔を出していました。
中国文学・表象研究・メディア論とか都市論とかサブカルとか
の三つのゼミのうち、
実際に所属していたのは最後のやつですが、
3年生で一番のめりこんでいたのは2つ目の表象研究ゼミでした。
3年末提出のゼミ論ではそこのゼミで二つ!書き、
本来のゼミでは適当な映画の発表をして単位だけゲット笑

この表象ゼミになぜのめりこんでいたのかというと
このゼミの当時のテーマが「20世紀の文化」でした。
元々好きな分野ではあったものの
そこで様々な20世紀の芸術の潮流を総括できたのは
きっと人生の中でも「知識詰め込み」密度でいったら1番か2番でしょう。
そしてゼミ論では一つ目は
「インターナショナルスタイルの確立」
という1920年代からの現代建築のことを書きました。
コルビュジエとかミースとか、バウハウスも確か少しだけ書いた。
もう一つは
「1980年代の音楽」
メディアが音楽に与えた変化、まあCDとかウォークマンとかMTVの登場で同変わったかってことをマイケルかなんかで説明したんです。

この時点で卒論に書こうとしていたのは建築か音楽か、でした。
ポピュラーミュージック関連の本、
記号論、
サブカル研究の本
などをかなり読んでいました。

しかし上海留学にあたって上海の本を読み出してから
建築からの流れで租界時代の上海に興味を持ちはじめました。

ドイツ専攻だからだめかなーと思いつつも
上海で書けることを模索していったところ、
ほとんどその頃のことは書きつくされていると感じました。
しかし上海( ・∀・)イイ!の気持ちは変わらず、
留学時代は認識地図を使って何かできないかと思ってみたり
(データ収集がなーと断念)
中国の雑誌についてなんかかけないかと思ってみたり
(サンプルすくねーなーと断念)
そんなこんなで帰国。

4年ゼミでは今度は本来所属しているゼミの授業に参加。
テーマはアヴァンギャルド。
死語じゃんーと思いながらも発表テーマは中国アヴァンギャルド。
原点は留学時代に出会った一冊の雑誌でした。
その雑誌では3年ゼミでやったような表象関係のことが書かれており、
その中に今もアングラで活躍するアーティストの記事があり
興味深かったのでよく覚えていました。
(ちなみに買ったのは復旦、ではなく隣の建築学科が有名で留学先としてかなり迷った同済大学の書店)

アヴァンギャルドはもう死語に近いですが、
政府の弾圧に耐えながらも自分達の芸術を模索する彼らは間違いなくアヴァンギャルドであると思ったのです。

そして発表にあたり本を調べてみるが、
文献がほぼない。
日本語は一冊。。。
先行研究が少ない=まだ誰もやってないに近い=面白。
と思い、
卒論もこれに決定したのでした。

肩凝ってきたので
また今度続き書きます。

学校のAVライブラリの椅子、
まあよくあるオフィスチェアなのですが、
高さが調節できずによく肩が懲ります。
それでもたぶん学校の中で最近一番出没しているはず。

卒論を書きに来たのに一向に進まないので
とりあえず文字を打ってみています。

ちなみにこの時間はゼミです。
ゼミで一時間たらたら私のメモ書きについて話すくらいなら
こっちで書こうと思い、サボっているわけです。

眠いです。

朝は学校へ行く途中なぜかパルコに吸い込まれました。
そしてちょい買い物をして一回帰り(その間30分)
また学校に向かいました。
それでも余裕で30分前着。

あー先が見えん。

先週土曜日から風邪をひいてます。
最初は喉の痛み、次に鼻水、そして熱。
原因は疲れが溜まったものと思われます。
先週特にがんばりすぎたのだと思われる。
図書館6時間勉強とか。
キモイでしょ。自己満足で大喜び。
で今週はプレゼン。
それは無事に(プリントアウトできないアクシデントはあったものの)水曜に済んだのですがまあなんていうか疲れました。
で無理をしたようで(熱っぽくて明らかに顔赤かったし)木曜金曜と連休してしまっています。
金曜は宿題を先週早めに提出したのでいいとしよう。
うん。
あと2ヶ月なのでがんばります。

その他雑感
○旅行に行きたい。
○からだ巡茶のCMのバックが上海だよ。上海早く行きたい。
○先週ドイツ語が突然わかるようになってきたけど今週授業休んでるのでまた振り出しにもどったと思われる。悔しい。

今週の報告。

先週よりは慣れました。
帰ってきて予習とか課題をする余裕もあります。
でもそれをやってると頭が冴えてきて⇒
眠くなくなり⇒寝るのが遅くなり⇒朝バタバタ。

授業にはよく出ています。
一回欠席しましたが。
リアルでしょ、一回っていうのが。

さて今考えていること
○またラーメンズを借りてきた。いつ見よう?
○ドイツ語を習おうかどうしようか。

ということです。
ラーメンズはおいといても、ドイツ語。
最近は週に4コマもドイツ語をやっていて、
それで周りのレベルとの差をひしひしと痛感してるのです。
大体留学帰りの外大生と、ドイツ語からは逃げて2年間も中国語中心に生活してた私が、
同じ授業なんて。。。
(卒業予定が9月だからとれる授業が少ないのです)
一年生の授業に出たほうがいいんじゃないの?と毎回思っています。
日本人の先生の読解ならまだしも、ネイティブの授業とか毎回トランス状態です。

だからネイティブに慣れる、という意味で駅前留学いくとかゲーテいくとかとにかく外部でお金を払って(ここ大事。じゃないとやる気が出ない)習おうかなと思っています。

でもよく考えたらこれから先ドイツ語を使う機会なんて。。。
いやいやでも私いちおうドイツ語専攻だししゃべれた方が。。。
でも時間ないしな。。。
でも週1なら余裕で時間あるよね。。。

とか考えて結局何もまだしてないです。
どうしよう。
とりあえずラーメンズ見よっと。

新学期の予定を相談すべく今日学校にいってきました。
ちょうど後期の発表が行われていて
なんだかなつかしいような(自分も後期でしたので)
そうでもないような(郵便で知ったので)
そんな気分でした。

それはそうとわざわざ相談にのってくれた先生に感謝。
一時間半も時間割の作成やら論文の計画やらを教えていただきましたよ。
普通4年生といふものは週1回か2回学校に行く感じなのですか
9月卒業を目指すもので週10コマ(!)の時間割ができました。
ていうかそれ1年生並ですよね。うん。
論文も半年で書くから5月の忙しさが普通でいうところの11月の忙しさになる予定です。

一番心配なのはドイツ語。
ぐ。。ぐーてんたーく。
程度しか残ってないこの脳が週4回もドイツ語を履修しなければいけません。
アイヤー(思わず出る中国語)
シャイセ(覚えてなくていいドイツ語なのに覚えているドイツ語)

そいえば上海でもドイツ人とlanguage exchangeしていたような記憶がわずかにあります。そのときになぜか北朝鮮から来た留学生としゃべった貴重な体験もあります。

でドイツ語、なんと今年は私のプッシュもあってか
全部ゼメスター制になってました!(半期ごとの評価なので9月卒業が可能に!)
ねばればなんとかなるもんですね。よかったよかった。

そんなわけでこんなに協力してもらってるんだからちゃんと卒業しなくては!と思った次第です。

これでなんとか今年度分は終了でっす。
7時に起きダラダラして出したのは4時半でした。
評価が厳しいようなので
テキトーな私のレポートでは
もしかしたら不可をもらってしまうかもしれませんが。
しかし達成感はすごくあり、
スポーツ選手とかがインタビューでよく言っている
「ま、やるだけの事はやりましたんでね(以下略」
の気持ちがすっごくすっごくすっごくわかります。
やるだけの事はやったので、
「不可」でもスッキリ。
いやいややっぱり「優」をください。

ネット離れ(ていってもブログは見てるけど)の生活がなかなか
快適なのでちょっと継続してみようと思います。

あ〜おわった〜
試験期間中に荒れた肌をケアすべく
パックしてから寝ます。
超健康♪

あと3200字で今年度が終わる〜
(800字書いただけで休憩してるところはつっこまないでください。
(そして提出が5時なのもつっこまないでください。
反セム主義って何よ。

ネット控え中といいつつ
レポにはパソコンを使うのでついついブログはみてしまう。
そして更新してしまう。

さっきからiPodはsugar soulの「今すぐ欲しい」です。
こうだくみ(変換めんどくさい)よりエロイよ。
こうだくみは好きだけど、売り方がちょっと・・・
最近の流行はわかりませんです。
ただこの曲は9年も前の曲のはずなのに
ぜんっぜん古くなくてスバラシイです。
「おぉーーっとそんなに慌てんな」
ってぼっちゃんジブラのライムも許せるくらいです。
したくなるよね(何

さてレポ戻ろっ
だから反セム主義って何よ。




メモがてらに記録。
とりあえず一番有名どころかつ興味あるものから。

馬六明 Ma liu ming

略歴
1969年   中国湖北省黄石市生まれ
1991年   湖北美術学院油画系卒業

パフォーマンス 1993年   ギルバート&ジョージとの遭遇(北京、中国)
1993年   芬・馬六明(北京、中国)
1993年   芬・馬六明が語る(北京、中国)
1994年   芬・馬六明の午餐1(北京、中国)
1994年   芬・馬六明の午餐2(北京、中国)
1995年   第三種接触(北京、中国)
1996年   NIPAF'96(勤労福祉文化センター、長野)
1996年   フィッシュ・チャイルド(北京、中国)
1996年   芬・東京の馬六明、芬・長野の馬六明(東京国際フォーラム、東京/勤労福祉文化センター、長野)
1997年   芬・ケベックの馬六明(ルリュー・アート・センター、ケベック)
1997年   デ・ジェンダリズム「芬・世田谷の馬六明」(世田谷美術館、東京)
(最近のは調べ中)


北京東村(アーティスト村)の主要メンバーでもあった馬は、
全裸(初期は女装)+女の化粧+女の手でトランスジェンダーについて訴える。

この明快すぎるパフォーマンスについて興味を持ったので更に調べてみた。
今まで見た他のアーティストの作品よりも、みたまんまトランスジェンダーだよ、という感じがした。

?なぜ女装を始めたのか
もともと絵画系の学生だった馬は北京東村で多くの新鋭芸術家と知り合った。
彼らは酒を飲んで芸術話に花を咲かせ、展覧会に行ったりという日々を過ごしていた。
パフォーマンスをやりだしたきっかけは93年にギルバート&ジョージの展覧会に行ったときに記者に囲まれたアーティストのところに行って肩を組んだところ興味を持たれ、「東村」を見てみたいといわれて、やりだしたのが最初らしい。
その後またもや酒を飲んでいて女の子と服を交換したところおもしろかったので作品にとりいれたことになった。
コンセプト後付けかよっ。
こうして芬・馬六明シリーズをとりはじめた。

?なぜ全裸に。
女装はだんだん「全裸に女の顔と手」の形になる。
馬曰く「そのほうが見る人に多くをあたえるだろう」(インタビューより)と。男の身体に女の顔の方がだんぜん与えるインパクトも大きいだろう。と。
確かに女装に化粧はトランスジェンダーというよりも女性化だ。馬は女性になりたかったわけではなく、男でもない女でもない第三の性になりたかったらしい。

他にも魚と水を分離したり睡眠薬のんで寝てみたりいろんなパフォーマンスやってますが、
彼の作品はすごくわかりやすくて好きです。
中国という国だからこそ、小難しいことをやるのではなく、
分かりやすいことをみんなにむけてやる必要が有るのかもしれません。
視覚的インパクトを与えて、一人でも多く興味をもってくれたら、ということ。かも。